航海年鑑

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アメリカ海軍天文台によって出版された2002年の航海年鑑のページのサンプル

航海年鑑(こうかいねんかん、英語: Nautical almanac)は、航海士が海上にいるときに、天測航法を使用して自身の船の位置を決定する際に使用する、天体の位置が記載された刊行物である。航海暦(こうかいれき)とも呼ばれる。年鑑は、太陽惑星分点が頭上にある地球上の位置(赤緯グリニッジ子午線からの時角による)を、一年中一時間ごとに指定する。選択した57の恒星の位置は、分点を基準にして指定されている。

イギリスとアメリカ合衆国の航海年鑑[編集]

イギリスでは、最初の版が1767年に出版されて以来、HM航海年鑑局英語版 (HMNAO) が航海年鑑を毎年発行している[1][2]アメリカ合衆国では、1852年以来、アメリカ海軍天文台 (USNO) が毎年航海年鑑を公開している[2]。元々はアメリカ天文航海年鑑英語版というタイトルだった。1958年以来、USNO と HMNAO は、両国の海軍で使用するための統一された航海年鑑である「天文年鑑英語版」を共同で発行している[2]。年鑑のデータは、アメリカ海軍天文台からオンラインで入手可能である[3][4]

他の情報を組み合わせた商業用年鑑も作られた。その中には、1877年に創刊し、現在も毎年制作されているブラウンの年鑑がある。20世紀初頭のサブタイトルは「港とドックのガイド、広告主と毎日の潮見表」だった。このような、貿易広告と「英国海事水路部の許可を得た」情報の組み合わせは、有用な情報の要約を提供した。より最近の版では、技術の変化に対応してきた。例えば、1924年版はコールステーションのための大規模な宣伝をした。Adlard Coles Nautical英語版 によって出版されているリーズ航海年鑑 (Reeds Nautical Almanac) は、1932年に創刊し、1944年ノルマンディー上陸作戦の揚陸艦でも使用されていた[5]

米国と英国の「航空年鑑」(Air Almanac) は、航空ナビゲーションで使用するために、天体の座標を10分間隔の表にしている。日本のソキア社が毎年発行していた "Celestial Observation Handbook and Ephemeris"(天体観測ハンドブックと天体暦)は、太陽と9つの惑星の毎日の座標を10分の1単位で表にしていたが、2008年を最後に廃刊となった。

天測航法によって船や航空機の位置を見つけるとき、航海士は六分儀で天体の高度を測定し、海洋クロノメーターで時間を記録する。測定した高度と、予測される現在位置における予測される高度とを比較する。高度の差分は、予測される現在位置が位置線から何海里離れているかを示す。

日本の航海年表・天測暦[編集]

日本では日露戦争中に外国の暦を入手することが困難になったことから、明治40年(1907年)版より水路部が「海軍航海年表」を創刊した。それ以来、水路部やその後継の海洋情報部が発行した天体暦や航海暦およびその附属資料には次のものがあったが、令和4年(2022年)版を最後に「天測暦」、「天測略暦」等を廃刊している[6][7][8]

  • 海軍航海年表
1906年(明治39年)12月10日に明治40年(1907年)版を創刊[9]。当時はイギリスの天文暦より資料を取って、主に航海に必要となる天体に関する事項を掲げ、ならびに、水路部で推算した日本および近隣諸国の沿岸各地の潮汐などを載せた。大正6年(1917年)版より上・下2巻に分かれて上巻には日々の天体の位置に関し天文航法推算に必要となる諸表を掲げ、下巻には潮汐、日月出没時、経緯度報時信号、および標準時等の専ら地方に属する諸表を載せた[10][11]
  • 航海年表
1919年(大正8年)7月5日発行の大正9年(1920年)版より「海軍航海年表」を「航海年表」に改称した[12][13]。1919年(大正8年)6月に開催された国際水路会議ロンドン)の決議に基づいて、1920年(大正9年)6月30日発行の大正10年(1921年)版より従来の「航海年表」から潮汐および潮流に関する部分ならびに報時信号等を除き、天象の位置に関し天文航法推算に必要となる諸表ならびに日月出没時等、天象の現象に関する諸表を掲げた[14][15][16]昭和9年(1934年)版より昭和15年(1940年)版まで表題に英語表記 THE NAUTICAL ALMANAC を掲載する[17][18][19]。昭和14年(1939年)版より水星位置表を追補として発行した[20]。昭和17年(1942年)版より海上天測の合理化および簡易化するため内容および編纂方式に大改正を行うことになり項数が増えたことから上・下2巻および追補に分かれた。上巻は天文航法の専用に供するもので、太陽、恒星はもちろん月、惑星をも昼夜を問わずできるだけ利用し、同時天測を行うのに便利にした。下巻は日月出没時表等、一般航海者に必要となる補助表および上巻を補足するための天体位置表を集めた。追補は従来通り水星位置表を掲載した[21][22][23]
  • 潮汐表
1920年(大正9年)9月30日発行の大正10年(1921年)版より刊行。日本および近海における潮汐および潮流に関する諸表ならびに記事を掲載した。1919年(大正8年)6月に開催された国際水路会議(ロンドン)の決議に基づいて、大正10年(1921年)版より従来の「航海年表」下巻に収められていた諸表のうち潮汐および潮流に関する部分のみを分けて、払暁・日月出没時は「航海年表」(従来の「航海年表」上巻)に移し、標準時および報時信号は「東洋灯台表」に移した[14][15][16]2023年(令和5年)現在も海洋情報部が刊行中[24]
  • 新高度方位角表
「航海年表」と併用して自船の経緯度を算出する計算表をまとめたもので、小倉表、米村表および補助諸表を掲載した。1920年(大正9年)12月より刊行した[25]。1924年(大正13年)11月より英文でも New Altitude and Azimuth Tables. として刊行した[26]
  • 航空年表
世界初となる航空用の天測暦、1926年(大正15年)6月に大正15年(1926年)版を刊行、内容は同年の後半分で翌年分より1年の内容で刊行した[7]。天文航空法に必要となる天体の位置その他の諸表を掲げたものになり、概ね「航海年表」の内容に準ずるけれども、時刻はすべて日本の中央標準時を用い、掲載数値の精度は低下した。「航空年表」は大正15年(1926年)の年表以降、海軍部内用として水路部において編纂を続けてきたところ、昭和9年(1934年)版以降は航空図誌として刊行し一般の使用に供することになった[27]
  • 航空天測表
「航海年表」、「航空年表」と併用して、ほとんど計算することなく位置の線を求めるための表、1940年(昭和15年)7月から1942年(昭和17年)11月にかけて刊行した[7]
  • 天測略暦
精度を必要としない場合に用いる天測用の暦、1942年(昭和17年)8月28日に発行した昭和18年(1943年)版より「航空年表」を「天測略暦」と改称、令和4年(2022年)版を最後に廃刊した[6][7]。「天測略暦」は航空機および小艦艇、機帆船漁船等の天測に直接必要となる天体の位置その他の諸表を掲げたものになり、「天測略暦」は従来の「航空年表」を航空、航海に兼用させるためその名を改めた。「航空年表」は昭和15年(1940年)版より形式内容を改良一新して使用の簡便化を図った結果、ただに航空機のみならず小艦艇の海上天測にもこれを利用できるようになっていた。小艦艇、ことに機帆船、漁船等における天測を発展させる機会であり、これには「航空年表」を普及活用させることが重要であることから、「航空年表」の実質を失うことなくしかも水路書誌として小艦艇における天測に普及活用させるため、「天測略暦」という名称を与えて刊行することになった[28]。昭和22年(1947年)版より表題に英語表記 ABRIDGED NAUTICAL ALMANAC を掲載する[29]
  • 天測計算表
高度な計算を行う場合に「天測暦」と併用する計算表、1942年(昭和17年)11月より「新高度方位角表」に代わって「天測計算表」を刊行、「天測暦」等が令和4年(2022年)版を最後に廃刊するのにあわせて特殊図に分類する海図の「天測位置決定用図」とともに2023年(令和5年)1月に廃刊した[6][7][30][31]
日本の推算に基づく天体暦、1942年(昭和17年)12月30日に昭和18年(1943年)版を創刊、平成22年(2010年)版までで廃刊、国立天文台の「暦象年表」にその内容を概ね引き継ぐ[7][32]
  • 天測暦
高度な計算を行う場合に用いる天測用の暦、1943年(昭和18年)5月30日発行の昭和19年(1944年)版より「航海年表」の上巻を「天測暦」に改名した。天文航法の専用に供した。太陽、恒星はもちろん月、惑星をも昼夜を問わずできるだけ利用し、同時天測を行うのに便利なように編纂された[6][7][33][34]。追補についても「航海年表」の追補と同様に水星位置表を掲載した[35]。昭和21年(1946年)版より従来は追補に掲載していた水星位置を「航海暦」に移す[36]。昭和22年(1947年)版は休刊[29]。昭和23年(1948年)版より表題に英語表記 NAUTICAL ALMANAC を掲載する[37]。2022年(令和4年)版を最後に廃刊した[6][7]
  • 航海暦
補助的天体位置と日月出没など、1943年(昭和18年)6月30日発行の昭和19年(1944年)版より「航海年表」の下巻を「航海暦」に改名した。日月出没時等の一般航海者に必要となる補助表および「天測暦」を補足するための天体位置表を集めた[7][33][34]。昭和21年(1946年)版より従来は「天測暦」の追補に掲載していた水星位置を掲載する[36]。昭和22年(1947年)版より休刊し、内容の一部を「天測略暦」の末尾に掲載した[29]。昭和26年(1951年)版は発行したが[38]、昭和27年(1952年)版から一部を「天測暦」に合集の上で廃刊した[7]
  • 簡易天測表
精度を必要としない場合に「天測略暦」と併用する表、1944年(昭和19年)2月1日より小艦艇天測用として刊行し、2000年(平成12年)末に廃刊した[7][39]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ The History of HM Nautical Almanac Office”. HM Nautical Almanac Office. 2007年6月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年7月31日閲覧。
  2. ^ a b c Nautical Almanac History”. US Naval Observatory. 2009年6月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年4月22日閲覧。
  3. ^ Celestial Navigation Data for Assumed Position and Time”. US Naval Observatory. 2010年5月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年7月31日閲覧。
  4. ^ Data Services”. US Naval Observatory. 2007年7月31日閲覧。
  5. ^ http://www.reedsnauticalalmanac.co.uk/aboutus
  6. ^ a b c d e 海上保安庁 (2021年11月16日). “「天測歴」等の廃刊について” (PDF). 海上保安庁. 海洋情報部. 海上保安庁. 2024年6月4日閲覧。
  7. ^ a b c d e f g h i j k 星の友会 (2022年6月10日). “編暦業務の歴史” (PDF). 星の友会. 2024年6月4日閲覧。
  8. ^ 大井昌靖 (2022年12月23日). “天測計算表の廃刊に際して―海軍の水路事業―” (PDF). 海洋情報 FROM THE OCEANS. 海洋安全保障情報特報. 笹川平和財団. 2024年6月4日閲覧。
  9. ^ 水路部 編『海軍航海年表』 明治40年、水路部、東京、1906年12月10日。doi:10.11501/10304603NDLJP:10304603 
  10. ^ 水路部 編『海軍航海年表』 大正6年上巻、水路部、東京、1916年11月1日。doi:10.11501/10304370NDLJP:10304370 
  11. ^ 水路部 編『海軍航海年表』 大正6年下巻、水路部、東京、1916年11月1日。doi:10.11501/10304371NDLJP:10304371 
  12. ^ 水路部 編『航海年表』 大正9年上巻、水路部、東京、1919年7月5日。doi:10.11501/10304376NDLJP:10304376 
  13. ^ 水路部 編『航海年表』 大正9年下巻、水路部、東京、1919年8月30日。doi:10.11501/10304377NDLJP:10304377 
  14. ^ a b 水路部 編『航海年表』 大正10年、水路部、東京、1920年6月30日。doi:10.11501/10304378NDLJP:10304378 
  15. ^ a b 水路部 編『潮汐表』 大正10年、水路部、東京、1920年9月30日。doi:10.11501/10304481NDLJP:10304481 
  16. ^ a b 水路部 編『東洋灯台表』 大正10年下巻、水路部、東京、1921年5月6日。doi:10.11501/933815NDLJP:933815 
  17. ^ 水路部 編『航海年表』 昭和9年、水路部、東京〈書誌 ; 第105號〉、1933年7月25日。doi:10.11501/10304386NDLJP:10304386 
  18. ^ 水路部 編『航海年表』 昭和15年、水路部、東京〈書誌 ; 第105號〉、1939年9月30日。doi:10.11501/10304391NDLJP:10304391 
  19. ^ 水路部 編『航海年表』 昭和16年 1941、水路部、東京〈書誌 ; 第105號〉、1940年10月15日。doi:10.11501/1089633NDLJP:1089633 
  20. ^ 水路部 編『航海年表』 昭和14年追補、水路部、東京〈書誌 ; 第105號〉、1939年6月2日。doi:10.11501/10304394NDLJP:10304394 
  21. ^ 水路部 編『航海年表』 昭和17年 上巻、水路部、東京〈書誌 ; 第105號〉、1941年10月20日。doi:10.11501/10304397NDLJP:10304397 
  22. ^ 水路部 編『航海年表』 昭和17年 下巻、水路部、東京〈書誌 ; 第105號〉、1941年10月20日。doi:10.11501/10304398NDLJP:10304398 
  23. ^ 水路部 編『航海年表』 昭和17年 追補、水路部、東京〈書誌 ; 第105號〉、1941年11月4日。doi:10.11501/10304399NDLJP:10304399 
  24. ^ 海上保安庁 (2024年5月20日). “水路書誌” (html). 海上保安庁. 海洋情報部. 海上保安庁. 2024年6月5日閲覧。
  25. ^ 水路部 編『新高度方位角表』水路部、東京、1920年12月。doi:10.11501/10304517NDLJP:10304517 
  26. ^ 水路部 編『水路図誌目録』 大正14年、水路部、東京、1926年5月5日。doi:10.11501/10304627NDLJP:10304627 
  27. ^ 水路部 編『航空年表』 昭和11年、水路部、東京〈航空書誌 ; 第1號〉、1935年10月26日。doi:10.11501/10304746NDLJP:10304746 
  28. ^ 水路部 編『天測略暦』 昭和18年、水路部、東京〈書誌 ; 第683號〉、1942年8月28日。doi:10.11501/10304749NDLJP:10304749 
  29. ^ a b c 水路部 編『天測略暦』 昭和22年、水路部、東京〈書誌 ; 第683號〉、1946年11月1日。doi:10.11501/10304752NDLJP:10304752 
  30. ^ 水路部 編『水路要報』 第21年(8)(307)、水路部、東京、1942年8月。doi:10.11501/1511271NDLJP:1511271 
  31. ^ 水路部 編『天測計算表』水路部、東京〈書誌 ; 第601號〉、1942年11月。doi:10.11501/10304772NDLJP:10304772 
  32. ^ 水路部 編『天體位置表』 昭和18年、水路部、東京〈書誌 ; 第684號〉、1942年12月30日。doi:10.11501/10304773NDLJP:10304773 
  33. ^ a b 水路部 編『天測暦』 昭和19年、水路部、東京〈書誌 ; 第681號〉、1943年5月30日。doi:10.11501/10304401NDLJP:10304401 
  34. ^ a b 水路部 編『航海暦』 昭和19年、水路部、東京〈書誌 ; 第682號〉、1943年6月30日。doi:10.11501/10304405NDLJP:10304405 
  35. ^ 水路部 編『天測暦』 昭和19年 追補、水路部、東京〈書誌 ; 第681號〉、1943年6月23日。doi:10.11501/10304402NDLJP:10304402 
  36. ^ a b 水路部 編『航海暦』 昭和21年、水路部、東京〈書誌 ; 第682號〉、1944年12月1日。doi:10.11501/10304407NDLJP:10304407 
  37. ^ 水路部 編『天測暦』 昭和23年、水路部、東京〈書誌 ; 第681號〉、1947年10月15日。doi:10.11501/1124536NDLJP:1124536 
  38. ^ 海上保安庁水路部 編『航海暦』 昭和26年、海上保安庁、東京〈書誌 ; 第682号〉、1950年。doi:10.11501/2464671NDLJP:2464671 
  39. ^ 水路部 編『簡易天測表』 第1巻、水路部、東京〈書誌 ; 第603號ノ1-5〉、1944年2月1日。doi:10.11501/10304779NDLJP:10304779 

外部リンク[編集]